file07 藤口光紀氏(広島経済大学経済学部スポーツ経営学科 教授)

高校時代からサッカーを始め、慶應義塾大学在学中には日本代表選手にも選ばれた。三菱重工業株式会社に入社し、日本サッカーリーグで活躍後、1982年に現役を引退。三菱自動車フットボールクラブ事業広報部長として、Jリーグ浦和レッズの立ち上げから運営に携わる。社団法人日本プロサッカーリーグ理事として、Jリーグアカデミーを創設し、育成体制を確立した。また、2006年に浦和レッドダイヤモンズ株式会社(当時、株式会社三菱自動車FC)代表取締役社長に就任。浦和レッズのホームゲームで年間観客数100万人を達成し、アジアを代表するクラブへと成長させた。現在は、広島経済大学教授として、プロスポーツの役割や経営の現状、課題をスポーツ経営の視点から捉えた実践的な教育を行っている。

企業スポーツの限界

社員O

これまでの人生で転機となったのは何ですか。

藤口

やはりサッカーとの出会いですね。中学時代は陸上をしていたんですが、3年生のときにオスグッド病(※成長期に積極的なスポーツ活動をしている子どもに多い病気で、スポーツをする際膝の前方部分に痛みや腫れを伴う)を患い、一時的に運動の休止を余儀なくされていたおり、高校時代のサッカー部顧問であった恩師と出会い、すっかりサッカーの虜になりました。ただ走っているよりもボールという目的を追う方が楽しいと感じたんですよね(笑)

社員O

藤口先生が現役の頃、まだプロリーグはなかったんですよね。

藤口

そうです。大学卒業後も三菱重工業株式会社でサッカーを続けましたが、アマとしての企業内スポーツに限界も感じていました。当時は出社して午後からサッカーをしに行くのが日課でしたが、「早くサッカーなどやめて仕事しろ」とよく言われたものです。このままでは日本のサッカーはよくならないと思っていた。その後、プロリーグを作ろうという機運が高まり、三菱自動車の子会社としてプロサッカーチームの運営会社ができることになり、迷わずその立ち上げに携わることを決めました。当時は三菱重工相模原製作所の総務課長を務めており、キャリアを捨ててまで何故サッカーに拘るのかと同僚には言われました。しかし、私自身サッカーの喜びを身をもって体験していたので、自分の将来よりも日本のサッカーを良くしたいという気持ちの方が強かったんです。

社員O

日本のサッカーがどうなれば良いと感じておられましたか。

藤口

三菱重工時代にはドイツやスペインに留学して本場のフットボールに触れる機会をいただき、そこで見たドイツのスポーツクラブの様子には大変影響を受けました。一年中緑々とした芝のピッチが8〜10面もあり、小さい子どもから年配の方までフットボールを楽しんでいる。その光景をベンチから老夫婦が眺めて談笑しているんですよ。なので、日本でプロをと言ったとき真っ先にその光景が頭に浮かび、それを日本でも見ることができればと感じていました。

Hint! file07 藤口光紀氏

日本で最初のGMを

社員O

クラブを運営するにあたり一番苦労したことは何ですか。

藤口

1992年4月に株式会社三菱自動車フットボールクラブ事業広報部長としてクラブ運営に携わることになりました。浦和レッズを運営する際、問題となったのは、プロの選手、プロの指導者がいる一方、「運営のプロ」がいないこと。これからはスポーツ運営のプロを日本に作っていかなければならないという想いから日本で最初のGM(ゼネラルマネージャー)を目指すべく奔走しました。そこで、ヨーロッパのサッカー文化とアメリカのマーチャンダイジングやマーケティングという商業主義を取り入れ、今のような日本独自の運営方法を整えていきました。

社員O

実際、運営をされてみてどうでしたか。

藤口

1992年9月に初めて興行の試合をした時など、1万人収容の会場に対して1,000枚程度しか前売り券が売れてなかった(笑)。当然プロである以上、チケットを売って営業収入を上げていかなければならない。一方で、親会社である三菱自動車からは「プロなんだから当然スタジアムは満杯だよね」と言われ(笑)、招待券を配ろうという意見も出る中、事業広報部長として決断したのは、「まずは、今の自分を知ることが大切。だから招待券を配るのはやめよう」ということ。収入とならない招待券を配ることは、最初からプロであることを放棄するようなものです。また、いつまでも招待券を配っていては収益を上げる仕組みはできません。そのかわり「いつ、どこで、試合があるのか」というチラシの配布に注力しました。その結果、何とか5,000人の観客が集まり、賑わうスタジアムの様子がTV放映されました。その次の試合から前売り券はすべて完売!浦和レッズの「チケット買えない神話」が生まれたことにつながったと考えると、あの決断は間違ってなかったんだと思います。

Hint! file07 藤口光紀氏

チケットに表れるクラブの姿勢

社員O

当時、クラブとしてどのような目標があったのですか。

藤口

浦和レッズはプロとして一年だけ存続すれば良いものではありません。連綿と続いていくために、浦和のシンボル、誇りとして地域に根付くことが目標でした。一方、プロである以上、赤字続きでは続けていけない。浦和レッズでも予算管理や計画はありましたが、数字に誤魔化されて本来の目標とは違う方向に進んでしまったのでは意味がありません。

社員O

具体的にはどのようなことですか。

藤口

たとえば、売上目標を達成するためにお付き合いでチケットを買ってもらったとします。しかし、当日空席が生まれてしまったのでは、数字自体は伸びたとしても、結果的にチケットが欲しくて買うことが出来なかった人からの信頼は失われ、離れていってしまいます。たとえば一枚2000円のチケットがあるとすれば、その裏にはクラブの考え方が表れているんです。それを理解した上で対価として2000円を払ってくださる。そういう人たちこそ大切にしなければならない。数字の目標を追うだけでなく、本来の目標を達成するためにも、観戦に来てくれるお客さんにとって、何が本当に良いことなのかという目線も持たなければなりませんでした。今でもそのようなチケットの大切さはクラブとしても重要視していると思います。

Hint! file07 藤口光紀氏

サッカーは人生の縮図

社員O

日本で初めてのことをする上で、問題が山積みだったと思われますが、それをどのように乗り越えていかれたんですか。

藤口

前売り券が売れなかった話をしましたが、チケットが売れるようになってからは、ファンからはチケットが手に入らないこと、地域住民からもチケット購入に長蛇の列ができることなどに不満が寄せられ、本当に問題は山積みでした。よく「壁をどう乗り越えていくか」ということが言われますが、実際には日々、目の前に現れてくる壁を乗り越えていくしかないという感じです(笑)。ただ一つ意識しているのは最終目的に到達できるのかどうかということです。様々な困難に直面する中で、遠回りや、横道に逸れることを余儀なくされる場面もあると思います。その結果、目標に到達できるのであれば全く問題ないのですが、到達できないのであれば意味がないですよね。そういう意味ではサッカーと同じで、ゴールに到達するためにどうすればよいか。内側からがだめなら、外側からのアプローチを試みる。よくサッカーは人生の縮図と言われますが、人生観、チームワークなどサッカーに教わることは多かったです。だから、私もこんなにサッカーに夢中になったんだと思いますし(笑)。世界中でサッカーが愛されているゆえんなのかもしれません。

Hint! file07 藤口光紀氏

スポーツ王国広島に向けて

社員O

先生がこれから挑戦していきたいことは何ですか。

藤口

これまで関東圏から出たことがなかった私が、60歳を過ぎてあまり縁のなかった広島の地で大学の教員をやっていること自体が新たな挑戦と言えないこともないですが(笑)。

社員O

どうして広島で大学の教員をしようと思われたんですか。

藤口

Jリーグは今年で20年。スポーツビジネスという面ではまだまだ人材が不足していると感じています。三菱重工の入社式で言われた「企業は人なり」という言葉が今も印象に残っていますが、やはりスポーツが発展していくためには若い人が育つことが重要です。広島で大学の教員を引き受けたのにも、そのような想いがありました。また、カープファンも関東で増えていますし、関東圏にいた頃から広島はスポーツのポテンシャルが高い県だと感じていたこともあります。『スポーツ王国広島』として、もっと全国的に名を轟かせてもいいと思うし、そういう広島にしたいよね(笑)。ここ広島から日本のスポーツの価値を高め、スポーツによる豊かな国づくりという考え方を広げていければと思っています。

社員O

広島のスポーツをもっと盛り上げていくには何が必要だと考えておられますか。

藤口

スポーツ先進国の最先端を広島が担っていくためには、環境から整えていくことが必要だと思います。もっと町の真ん中にも芝生のピッチがあれば、9歳〜12歳頃の神経発達ピークにあるゴールデン・エイジの子どもたちを、外で遊ばせてやることができる。体を動かすことでスポーツに親しむきっかけが生まれ、そこから未来のスポーツ選手が育っていくかもしれませんし、スポーツでもっと幸せな国になるでしょう。今の子どもたちが大人になったとき、どのような未来にしていきたいか。20年先、30年先を見据えて今から取り組んでいきたいですね。

Hint! file07 藤口光紀氏

2012.10 掲載

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