File04 長崎静(株式会社長崎屋 常務取締役)

長崎屋は広島市中心街の本通商店街に位置する、明治25年(1892年)より続く老舗名産品店。創業120年。広島の魅力を全国の方々にお届けするため、広島の名産品を中心に、中国地方の美味しいもの、旬の食材、海産物、フルーツを約2000アイテム提供している。広島のフルーツを使ったソフトクリームや、店舗内の喫茶室では手焼きのもみじ饅頭も食べることができ、広島を観る・買う・食べる事のできるお店として、観光客はじめ、地元の人たちからも愛されている。 昭和34年株式会社長崎屋設立。昭和38年(株)長崎屋のスーパーマーケット部門としてスパーク吉島店を開店。その後、スーパーマーケット部門を分離し、株式会社スパークを設立。

戦後広島の復興とともに歩んだ60年

社員O

長崎さんは、今年92歳になられたそうですが、いつからお店に立たれているんですか。

長崎

28歳のときに福山の実家から嫁いでからなので、もう60年以上になりますね。ご縁があって縁談が決まったのがちょうど、戦後。嫁いできたときにはこの辺りはまだ焼け野原で、何もないような時代でした。

社員O

結婚が商売に携わる転機になったんですね。

長崎

そうですね。長崎屋は明治25年に創業しており、戦前には舶来品のワインを販売していました。当時は、今のように本通側ではなく、電車通り側にお店を出していたんですよ。戦後は、売るものもなかったので、本当に小さな店でした。広島の復興に合わせて物が流通するようになり、徐々に取り扱う品数も増えていき、店舗も増築して次第に大きくなっていったんです。電車通りが拡張された昭和28年に今の本通の場所に店を構えしました。今のお店もこれまでに6回は改装していますね。

社員O

舶来品ワインの取り扱いから、今のような名産品を扱うようになったのには何かきっかけがあったのですか。

長崎

戦後昭和25年頃には、スーパーの登場で値引き競争が激しくなり、同じ土俵で競っても敵わなくなってきていました。昭和38年から、長崎屋のスーパーマーケット部門としてスパークを展開する一方、長崎屋としては、値引きではなく、より価値のあるものをお客さまに提供していく、広島の名産を扱う店へと路線変更をしたんです。本通も今はすっかり様変わりしましたが、長崎屋も創業より120年、時代に合わせて変化してきています。

商売人クサくない商売人

社員O

戦後広島に嫁いできて、いきなり商売を手伝うのは大変だったのではないですか。

長崎

そうですね。それまで一度も商売などしたことがありませんでしたから、お客さまには「あんたは、商売人クサくない商売人じゃねぇ」なんて、よく茶化されたものです(笑)

社員O

(笑)どういうところが商売人らしくないように見えたんでしょうか。

長崎

当時は、店頭の商品について、お客さまに「これは美味しいかねぇ。」なんて訊かれると、「いや、それはあんまり美味しくありませんよ。」と正直に答えたりしていましたから(笑)おべんちゃらが言えなかったんですね。自分の思ったままを答えていました。でも、だからこそ、勉強会にはたくさん参加しましたよ。私が現役だった頃は、5日間徹夜で勉強したものです。今、若い人が参加しているような研修なんて甘く感じてしまって(笑)そこでは全国の老舗店の奥さんが集まってお互いに励ましあって勉強していましたから、知り合った仲間とはずっと付き合いがありましたね。いずれも老舗揃いでしたが、うちのようにまだ残っている店もあれば、中にはもう残っていない店もあり、やはり寂しく感じますね。




本当に価値のあるものは売れる

社員O

そのような戦後の高度経済成長期からバブル崩壊にかけての激動の時代を、長崎屋さんはどのように切り抜けてきたんですか。

長崎

夫である先代社長は、「10円には10円の、100円には100円の価値がなければならない。」と当時から言っていました。スーパー全盛の時代でしたが、売れさえすればいいなんてことは決して言わなかったですね。同じ商品であっても、価値が感じられなければ、あんな高いもの買わなくて良いとお客さまは思われますし、それ以上の価値が感じられれば、安いじゃないかと買っていただける。だから、スパークと長崎屋では全く違う基準で品選びをしているんですよ。今はたくさん売れればいいという店も多いですが、長崎屋は「あそこに行けば広島のものが揃っているよ」というお店にしたかった。だから、私たちが本当に美味しいと思った商品は、たとえメーカーに断られても、数カ月も交渉を繰り返して、卸してもらえるようにしたこともありました。今も人気商品として店頭に並んでいるものもありますよ(笑)

社員O

このお店だけで約2000アイテムの取り扱いがあるそうですが、全てお店の方が厳選したものなんですか。

長崎

そうです。店長が仕入れてきた広島の様々な商品の中から、社員一同がお客さまの目線で、味、品質、包装、希少価値等、その価値を十分に吟味し、自信を持って提供できる商品を店頭に陳列しています。本当に価値のあるものは売れるんです。今では県内の方に限らず、修学旅行生や、外国の方もお土産としてお買い求めにいらっしゃいます。

人間にはやさしさが必要

社員O

お話を聞いていると、やはりお客さまに対しても、商品に対しても心のこもった、誠意のある対応が長崎屋さんというお店を今のようにしたんだなと感じます。それだけ徹底されていると、社員の教育も大変そうですね。

長崎

昔は私も自ら社員教育を行っていたことがあります。こう見えても、そりゃあ細かくて、厳しかったんですよ(笑)社員もよく叱ったものです。もちろん、心底憎くて怒るのではなく、やさしさを隠して、心を鬼にして叱咤していました。先日、長崎屋のOB会があり、当時の社員から感想をいただく機会がありました。私自身は記憶になかったのですが、昔ある社員が「給料を上げてくれ!」と私に言ったそうです。それに対して私は「ならもっと働け!」と答えたそうです。ね、厳しいでしょ(笑)その時は悔しい思いをしたのでしょうが、その後、彼は自分が働きもせずに、給料だけ上げろと言っていたということがよくわかったのだそうです。当たり前のことなのですが、私が率直に言ったことで気づくことができて感謝していると書いてありました。その当時、社員には厳しくしていましたが、心の奥のやさしさが伝わっていたんだなぁと思うと嬉しかったですね。やはり、人間にはやさしさが必要だと改めて感じました。




恋はするほど艶がでる

社員O

まだ現役でご活躍とのことですが、月にどのくらいお店に出られているんですか。

長崎

今もまだ4日に一度のシフトでお店で接客させていただいています。

社員O

本当にお若い (笑)そして、キレイで、オシャレ。笑顔も生き生きしておられますよね。

長崎

もしそう思っていただけるとしたらそれは私が「恋をしているから」ですかね。

社員O

恋ですか(笑)

長崎

そうです。いつもお客さまに恋をするようにしています。そういう気持ちで、いつも心をこめて接客するんです。昔のことですが、お客さまで銀行の支店長さんがいらっしゃいましてね。部下を3人も引き連れて、まるでお殿様。お土産をご自宅に郵送する、荷札を書くのも部下の仕事なんです。だから、私はちょっと意地悪をして、教えてあげながらでしたが、その方ご本人にご自宅の住所を書いていただきました。彼は、普段そのようなことは教えてもらわないから、逆に助かったと思われたんでしょう。数カ月後お一人でふらりと見えられたかと思うと、それ以来すっかり常連になってしまいました。いつかは、「自宅から奥さんが来るから、どこでご飯を食べたら良いか教えてほしい」なんて私のところまで聞いてくるんですよ(笑)私は私で、「なら私がサンドイッチを作ってあげましょう」と言って、手製のサンドイッチを持たせてあげたり(笑)会社では支店長がいないと大騒ぎになることもあったようですが、そのような人間関係ができたおかげで、その方の息子さんも懐かしんでくださり、親子二代でご贔屓にしていただいていました。

社員O

恋をするように一人一人誠実にお相手をされるから、心を開いたお客さまが信頼してくださるんでしょうね。長崎屋さんが何代にもわたり愛される理由が分かる気がします。

長崎

私は決しておべんちゃらは言いませんから、お客さまも自然体で接してくださる。今はお店に立つことが生きがいですね。お客さまに会うことは楽しいし、古くからのお客さまが来店しては喜んでもらえる。「あ、まだ生きてるわ!」なんて(笑)

社員O

(笑)ある意味、根っからの商売人なのかもしれませんね。

2012.7 掲載

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