file24 椋田昌夫氏

1946年11月24日 呉市生まれ。 1969年 広島大学政経学部経済学科卒業後 同年広島電鉄株式会社に入社。1998年 同社経営政策グループマネジャーに就任。2003年 取締役、2010年 専務取締役を経て、2013年1月代表取締役社長に就任。現在、代表取締役社長 バス活性化推進本部・交通政策本部・電車事業本部管掌。

広島の街が大好き。趣味の散歩でいろんな発見をしました。

――

お忙しい毎日のなかで、椋田社長はどんな趣味を持たれていますか?

椋田

僕は、もともと体を動かすことが大好き。だから歩くことも大好きなんですね。広島市南区が地元ですからまず宇品の港まで行き、そこから海岸通りに沿って黄金山へ向かいます。丹那辺りの町並みはまだまだ昔風情で、都会の風景に慣れていると新鮮です。その後、黄金山を超えて比治山をめぐって出社する、なんてこともやっていました。さすがに現職になってからは会社が許してくれませんが、それまでは10キロぐらい平気で歩いてました。

――

風景を楽しむということですか?

椋田

もちろんそれもありますし、いろんな発見があります。いつも同じコースを歩くのは好きじゃなくて、行きと帰りで変えてみたり、気まぐれに歩いたり。そうするとまったく新しい家並みに出会ったり、いつの間にか袋小路にはまっていたり。変化が楽しい。最初は日常のいろんな雑念が頭を駆け巡っているんですけど、10分も歩くと、歩くことが目的になって、単純にまわりの情景だけが目に入ってくるようになります。いろんなことに気付くようになるんです。

――

きっと広島の街を熟知されてますね。

椋田

僕は、広島の街が大好きです。特に、会社がある千田町界隈は大学時代から数えてもう50年以上関わりを持ってますからとても愛着があります。かつては学生が闊歩し、お店も多く、とても活気がありました。大学が東広島に移転してからは、当時の賑わいは見る影もありません。寂しい限りです。ならば・・・せっかく公共交通の会社なんだから、そこから賑わいが創れないか、そんなことをこの10年くらいずっと考えています。

Hint! file24 椋田昌夫氏

お客様は「不便」だから乗らないのではなく「不安」だから乗ってくれない。

――

今年、三江線廃止がニュースに大きく取り上げられましたが、公共交通については期待と不安、さまざまな問題が浮上していますね。

椋田

僕自身、公共交通に対する考え方が間違っていたのに気づいたのが最近です。きっかけは広島電鉄が呉市でバスの運行をはじめてからです。もともと僕は呉の出身でしたから、当然街には愛着はあります。だけど、当時膨大な赤字を抱えていた呉市交通局の業務を引き継いでくれと依頼があった時、真っ向反対しました。過疎の街だししんどい思いをするのは間違いないと思ったからです。だけど、広島と経済圏を一つにする呉の活性化は重要で、結果的に説得されて会社として受け入れることになったわけです。

――

呉のバスの再建がはじまったわけですね。

椋田

われわれ自身も改革が求められました。そんな時、ある取り組みのことを知りました。同じような赤字路線を抱える地方のバス会社が住民を対象にアンケートをとったそうです。そこで得られた回答は、「不便」だから乗らないのではなく「不安」だから乗らないということ。この事実はとてもショッキングでした。乗り方や降り方にはじまり行きたい便はどれなのかバス停の表示もわかりにくいという意見が大半だったのです。それを聞いたとき「自分たちはお客様のために何かやったのか?」ととても恥ずかしく、大いに反省しました。 赤字路線の再建には便数を減らすと結論しがちですが、そのことでお客様を逃すことになります。それよりも、お年寄りが安心して乗れるよう荒かった運転をやめ、丁寧に対応するようにしました。地道なところから進めた改革は、それでも確実に赤字の幅を縮めていきました。

――

おそらく相当なご苦労もあったのだろうとお察しします。

椋田

でも、最終的には地元愛です。呉のお話を結果的に受けたのも、地元に愛情がない他所の事業者が入るのは避けたいことという思いがありました。僕は広島が大好きです。呉で学んだことを活かし、お客様が不安なくこのまちを楽しめるよう「ループバス」の充実もいま考えているところです。ほかにも、われわれの本社がある千田町に、いつか大きな交通の結節点ができないか? 電線がなくても走れる電車ができれば平和大通りの緑地帯をぜひ走らせたい。など自分の中でもアイデアは尽きません。

口で言うよりまず「見てこい!」。

――

散歩して街をよくご覧になってきたことが生かされますね。

椋田

何が良いことで、何が不安なことか、それを知るのは自分で見てくるのが一番です。だから社員には欧米に行ってもらいます。口で言うよりまず見てこい、とね。ただし、条件をつけます。研修旅行はグループで行いますが、全員違う部署から、ふだんあまりコミュニケーションが取れてないと思われるメンバーをあえて選びます。「毎晩必ず一緒に食事をしろ」というのが条件です。言葉もなかなか通じない場所で、自ずと協力し合うようになります。帰ってからも連絡を取り合うようになるから、社内で横の連絡も取りやすくなる。いつの間にか同期会をやってるグループも出てきたり(笑)

――

シメシメっていうぐらいすごい効果ですね。若い人へのアドバイスはありますか?

椋田

「思いつづけること」。まずは自分の考えを貫いてみて欲しい。その中で、僕たち上のものを説得できる力もついてくると思います。僕自身若いときは相当執念深い方でしたね(笑)

Hint! file24 椋田昌夫氏

2018.11 掲載

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弊社クライアントでもあり、あの広島電鉄の社長ということで緊張して臨んだ取材でしたが、冒頭の「散歩が好き」というお話以下、ヒューマニティあふれる語り口調で、とても楽しい時間をいただき、一気に椋田ファンとなった取材者でした。社長就任時、心に誓ったのは「命令しない社長になろう!」だったそう。社員が自ら考えること、行動することが大切だとうなずきます。大好きな広島の未来像も次々と頭の中を駆け巡っているご様子。5年後、10年後の広島がますます楽しみになります。

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