file13 鴨義信氏(脚本家)

広島県生まれ。大学中退後、日本映画学校(現:日本映画大学)入学。卒業後に渡米し、アメリカ映画や舞台、CFの制作に携わる。帰国後に脚本家デビュー。映画、TVドラマ、アニメ等で様々なジャンルの脚本を執筆する。また、真辺克彦氏と脚本家ユニット『公園兄弟』としても活動中で、多くの作品を手掛けている。企画製作会社『株式会社QUOBO PICTURES』代表。

映画『夏休みの地図』WEBサイト
2013年6月29日・広島先行公開!http://www.natsu-chizu.com/

“根っこ”は広島

社員K

映画の話に入る前に、鴨さんが脚本家になろうと思ったきっかけを教えてください。

僕は助監督から映画の世界に入ったんですけど…まったく使えない助監督でした(笑)。基本的に集団で動くことが好きじゃないから、少人数でやるのが性に合ってる。助監督をやったあとにアメリカで10年ぐらい働いて、帰国してから制作の仕事をしたんですが、スタイルが全然違う。日本の現場は「走れ!」だけど、アメリカは「走るな!」だし。

社員K

こき使われる助監督の仕事は性に合っていなかった?

もともとは脚本家になろうと思ってこの世界に入ったわけではなくて、映画って面白そうだなって程度です。助監督時代に、ストーリーや企画を書かされていたので、そこで本づくりの経験も積みました。

社員K

映画『夏休みの地図』を企画したきっかけを教えてください。

ひとつは3.11。5~6年前に広島に帰ったとき、自分が育った場所が再開発で更地になっていたんです。その光景を見たときは「そうなんだ」というぐらいの印象でした。それから、3・11で街が流された土地が更地になっている映像を見たときに、育った街がなくなったということが一緒のことだと思えたんです。過去に広島は原爆で街がなくなって、そこから復興を遂げたというストーリーとリンクして、この企画は映画になるのではないかと。

社員K

3.11で考え方が変わった?

3.11が起きたあとに、自分自身のこととか色々と考え直しました。そのときに、自分の“根っこ”は何なんだろうと思ったんです。自分の核となる部分、それは“広島”だなと。やっぱり広島で映画を撮りたいと強く思いました。

Hint! file13 鴨義信氏

思い出をどう描いて伝えるか

社員K

映画に出てくる場所は、鴨さんが実際に過ごした少年時代の風景なんですね。

僕の中の原風景は仏舎利塔からの風景。あそこから見える光景が僕の子どもの頃のすべてです。その光景の中で僕の一生が終わると思っていた。それが大人になって東京に出て、アメリカに住んだりしたけど、“根っこ”はやっぱり広島にあります。少年時代は映画の中の子どもたちのように、仏舎利塔や基町アパートとかで遊んでいましたよ。

社員K

その思い出をどう描こうと思ったんですか?

3.11後に何を描くべきか、自分の思い出をどう描いていいのか分からない。そんなとき、子ども目線で描けば、重いテーマにならないんじゃないかなと思いました。子どもたちが自分の生まれ育った街を知るという脚本を10年ぐらい前に書いていたので、それを引っ張り出して、今にアレンジすればいけると考えたんです。

社員K

深作健太監督が撮ることになった経緯は?

たまたま深作監督がその脚本を読んでいて、久しぶりに別の仕事で会ったときに、子ども映画の話になったんです。脚本のことを覚えていてくれていて、「あの脚本をもとに広島で映画をつくろうと思っているんだ」という話をしたら、「監督は僕にさせてください」って言ってくれて…大作映画を撮る監督が、こんなに小さな映画を撮るのか?って思いましたよ。本当かどうか分からなかったから、早めにキックオフパーティーをやったんです。既成事実にしようと(笑)。

Hint! file13 鴨義信氏

受け継いでほしいこと

社員K

最近の映画で、子ども向け実写映画は珍しいですよね。

子ども映画って2種類あるんですよ。純粋に子どもたちが活躍する映画と、子どもが主人公だけど大人のための映画。その中で、どういう風に『夏休みの地図』をつくればいいか脚本作りのときに分析しました。冒険物だとお金がかかっちゃう。大人の映画だと子どもが楽しめない。その間はどうするかと考えて、こういうスタイルになりました。だから今回の映画は“広島”が主役なんです。

社員K

この映画の後半部分で物語のトーンが変わります。

後半のあの部分は、台本に最低限のことだけを書いて、あとの演技はお任せ。子どもの予期できない反応と地元の人とのやり取りは、演技では出せない味が出ています。

社員K

この映画で特に伝えたいことを教えてください。

テーマは受け継ぐこと。街、親、人から大切なことを受け継いで変わること、変わらないことを次の世代につなげてほしい。あと、広島で映画を撮ろうとしたとき、「原爆」はやめてねという声が多かった。でも、広島で育った僕が映画を撮る場合、原爆に関連する話は外せない。だけど、そこまでクローズアップして描きたくない。

社員K

実際、絶妙なバランスで描いていますね。

新聞で読んだんですが、8月6日の8時15分に原爆が落ちたということを知っている子どもの数が、広島で凄く減っているんですよ。そのときに、「あれ?」と思いました。僕も子どもの頃に平和教育をずっと受けさせられて、嫌だったんですけど、平和都市と言っている割には、この少なさは無いんじゃないの?と僕でも思いましたよ。平和を伝えるには、どんな悲惨なことがあったのか知らないと伝わらない。映画では実際に被爆された方に出演してもらいました。80歳以上の方々ですから、多くの人に悲惨な体験を伝える最後の機会かもしれない。その生の声をどうしても撮りたかった。そのシーンを重くなく、さらりと描きたかった。それを子ども目線で描けば、上手く伝えられるんじゃないかと思ったんです。

Hint! file13 鴨義信氏

広島を再認識する夏休み映画

社員K

地元で映画を撮るというのは、気持ち的にも違いますか?

実はね、地元で撮るというのは凄くリスクが高いんですよ。上手くいかなかった場合、親や友達を巻き込んで変なことになってしまったら、もう広島には帰ってこれない。故郷をなくす可能性があるんです。だから今回は覚悟を決めてやりました。誰よりも本気でやったという気持ちはあります。そういう気持ちがなければこの映画はつくれなかった。

社員K

広島に対する想いの強さは映画を通しても伝わってきます。

やっぱり、海外に住んでみて日本や広島の見方が変わった。故郷がとても大切だと思えたんです。広島を離れている人、広島に住んでいる人がこの映画を観て、広島を再認識するかもしれない。それがやりたかったことのひとつです。この映画を、広島の人にまず見てもらって、広島から大きな波をつくって、県外の人たちにも届けたい。

社員K

今後、挑戦していきたいことはありますか?

あと2本は広島で映画を撮りたいですね。そのためには『夏休みの地図』がヒットしてくれないと(笑)。映画を通じて広島で色々な縁ができたので、1本だけで終わるのはもったいない。広島産の映画をつくって、ポスターの印刷や広告物も広島の企業にやってもらって、そういうことも含めて広島が元気になってくれればと思っています。

Hint! file13 鴨義信氏

2013.6 掲載

えんぎもん engimon13 お酒

「僕は全くげんかつきしないんですよ、げんかつぎってネガティブじゃないですか」と、いきなりこのコーナーの根底をひっくり返す鴨さん。好きなものしか買わない、ラッキーアイテムはないというのが信条だそうです。しかし、そんな鴨さんにも元気の源がありました。
「基本的に原稿を書くときは一人。部屋に閉じ篭って書きます。だから外に出るときは弾けて、飲んでばかりいますね(笑)。シナリオライターではなく、酔っぱライターって呼ばれてますから。ビール、ワイン、スコッチ…何でも。仕事で煮詰まったりストレスが溜まると逆に飲めないんですよ。調子のいいときは飲める。朝までハシゴして飲む。最近、近所に24時間営業の居酒屋ができたんですよ、すぐ家なのにそこで飲んじゃう」
広島に帰ってきたときも、大好きなお酒を飲みに行くそうです。
「広島でも飲みに行く店は増えていますね。広島のお酒といえば、中国醸造。帰ってきたときにはよく飲んでいますよ」劇中にも鴨さんが大好きな中国醸造を連想させるあるアイテムが登場します。ぜひ見つけてみてください!

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