file11 蔵本順子氏(株式会社 序破急 代表取締役)

広島市中区出身。街中から映画館が消えていくことを憂い、「広島市の中心部を元気にしたい」という思いから、2010年11月に「八丁座」(福屋八丁堀本店8F)をオープンさせた。現在、「シネツイン本通り」「シネツイン新天地」「サロンシネマ1」「サロンシネマ2」「八丁座壱」「八丁座弐」それぞれ個性を持つ6映画館を経営。趣味は日本舞踊(師範名・花柳比呂彦「彦の会」会主)。広島県文化振興基金委員、広島国際アニメーションフェスティバル組織委員、広島県興行生活衛生同業組合理事長なども務めている。

序破急WEBサイトhttp://www.saloncinema-cinetwin.jp/

夢の映画館「八丁座」の挑戦

社員K

「八丁座」誕生秘話の前に、蔵本さんと映画との出会いを教えてください。

蔵本

実家が映画館(サロンシネマ)なので、映画を観るのは日常でしたね。場内を抜けて家に帰って、ランドセルを置いたらすぐ劇場に入って映画を観ていました。無心でどんな映画も観ていたので、時には「これは子どもが見る映画じゃない」と怒られましたよ(笑)。

社員K

子どもの頃から映画館を継ごうと思っていたのですか?

蔵本

全く無かったですね。夏休みもお正月も365日休みなく親が働いている姿を見ていたので、まっぴら御免でした。だけど長女だから、映画館を継がされるんじゃないかと思ったので、広島を出て遠くへ行こうと(笑)。

社員K

そんなに嫌だったんですか(笑)。

蔵本

大学を出てから東京の人と結婚して、憧れていた主婦になったんです。東京は映画や歌舞伎もたくさん観ることができるので、素敵な環境でした。

社員K

それがまたどうして広島に戻って来られたのですか?

蔵本

父から帰ってきてほしいと言われていた頃、一般家庭にテレビやビデオが普及し始めて、全国の映画館が斜陽になっていたんですね。実家の映画館も潰れる寸前でした。私はサロンシネマという劇場が大好きでしたし、映画を愛している常連さんもたくさんいたので…街の映画館を残すことが使命だと思い、決心しました。

Hint! file11 蔵本順子氏

悔しさをバネに…

社員K

映画館を継いだ当初は、大変だったと思いますが。

蔵本

経営だけでなく、場内の掃除や切符を売ったり、映写機を回したり、すべての仕事をしていたので本当に大変でしたね。独立系の小さな映画館だったので、上映したい作品も配給してもらえず、経営も本当に苦しくて…トイレットペーパーも買えなかったんですよ(笑)。

社員K

それでも続けることができたのは、どうしてですか?

蔵本

“悔しさ”かな。大きな映画会社は、うちみたいな映画館は無くてもいいという考えだったので、潰されてなるものかという“悔しさ”がバネになりました。いつか街の中心部に映画館を出して、大きな映画館とサシで勝負してやると思いましたね。

社員K

それから、つぎつぎと映画館を増やしていきました。

蔵本

サロンシネマでの頑張りを見てくれた人たちが力を貸してくださって、消えていった劇場跡に「シネツイン本通り」「シネツイン新天地」「サロンシネマ2」をつくることができました。広島の街中から映画の火を消したくないという思いが強かったですね。

社員K

経営が苦しいなかで、新しい映画館をつくる度胸が凄いですね。

蔵本

映画館っていうのは、毎回お客様が入るかどうか分からない、賭けみたいなものです。人生一度っきり、自分の力を信じて、挑戦しなくちゃ夢は叶わない…すべて映画から学びました。挑戦しない日常よりは、やっぱり映画的ドラマが見たいわけですよ(笑)。

社員K

そして最大の挑戦「八丁座」につながっていくわけですが、きっかけは何だったんですか?

蔵本

郊外にシネコン(複合映画館)がどんどん誕生して、街の中心部で話題作が見られなくなりました。私の学生時代には、街に出るというのは“ハレの日”で、街中で映画を観るということは外せなかったんです。広島の街のど真ん中“八丁堀”に夢の映画館をつくって、たくさんの人に映画を楽しんでもらいたい。長年の願望がさらに強くなったのは、シネコンさんのおかげでもありますね(笑)。

社員K

いまの「八丁座」がある福屋八丁堀本店は、夢の映画館にぴったりの場所でしたね。

蔵本

福屋さんの8階にあった「東洋座」「名画座」跡がしばらく空いていたので、「ここで映画館をやらせてください、お金はありません!」と無理を承知で直談判したんです。そうしたら意外にもOKを頂いて、本当にありがたかったですね。

Hint! file11 蔵本順子氏

素敵な暴挙

社員K

全国でも類を見ない和モダンで贅沢なつくりの映画館「八丁座」構想は、どのようにして思いついたのですか?

蔵本

シネコンの逆をいかないと成功しないと考えていました。映画館のメインは映画作品ですが、たまには映画館そのものが話題になってもいいのではないかと。お客様が非日常を体験して元気になっていただく。その空間である映画館もやはり非日常であってほしい。ロビーから非日常を演出する「八丁座」は、限りなく非効率的で手間がかかる計画でした。

社員K

たしかに、効率のいいシネコンの逆をいくという発想は無謀に思えます。

蔵本

色々な人から「お金がかかり過ぎる」「他の映画館を閉められたら困る」と反対されましたよ。ある映画会社の方からは「街中に映画館をつくる時代は終わった、何やっても絶対ダメだよ」と言われ…それでカチンときたんです(笑)。そこまで言うのならやってみようじゃないの、シネコンに負けない映画館をつくってやろうと。

社員K

またもや“悔しさ”がバネになったわけですね。

蔵本

反対意見が多いなか、ある常連さんから「それは素敵な暴挙ですね」と言われたんです。そのとき、この暴挙を必ず成功させたいと思いましたね。うちみたいな小さな映画館が、無謀な挑戦をしたら面白いじゃないですか。この挑戦が成功して、同じように苦しんでいる映画館も元気になってくれたら嬉しいじゃないですか。

社員K

広島の街も元気になりますね。

蔵本

広島の活性化が一番の目標なので、お借りしたお金はすべて地元に使うと決めていました。夢の映画館の目玉になるイスを、地元家具メーカーのマルニ木工さんに作ってもらうためにお願いしに行ったんですが、最初はキョトンとされていました(笑)。マルニ木工さんは映画館用シートなんて作ったことがなくて、値段も通常の映画館で使っているイスの5倍以上しますからね。だけど、ゆったりできる最高のイスでお客様に映画を観ていただきたかったので、なんとか頼んで作ってもらいました。

社員K

館内のいたる所にも広島愛があふれていますね。

蔵本

内装のデザインをお願いした広島出身の映画美術監督・部谷京子さんとは昔からの知り合いで、「いつか広島に夢の映画館をつくりたいね」とずっと前から話していました。場内を芝居小屋風にしたのは、江戸時代のにぎわいを再現できる空間をつくりたかったからです。

Hint! file11 蔵本順子氏

「八丁座」オープンで映画界に衝撃

社員K

作品を上映するための配給問題は解決していたんですか?

蔵本

オープン当初、相変わらず大きな配給会社は相手にしてくれませんでした。だけどこっちから頭を下げて頼むのは嫌だったので、快く作品を配給してくれる映画会社さんとお付き合いしていこうと思っていました。

社員K

こけら落としは、森田芳光監督作品『武士の家計簿』でしたね。

蔵本

夢の映画館はつくったけど、お客様がどれだけ来ていただけるか心配でした。だけど、ありがたいことに連日満席が続きまして、『武士の家計簿』を上映した全国のシネコンと並んで、「八丁座」が入場者数の上位にランクインしたんです。これには映画関係者も驚いて、広島の「八丁座」って何だ?と騒ぎになりました(笑)

社員K

ここまで大きな話題になるとは思っていましたか?

蔵本

夢にも思っていませんでした。映画関係者の方が全国からたくさん見学に来られて、舞台挨拶に立った山田洋次監督からは、「『八丁座』で僕の作品を上映するのが夢でした」と突然言われ、スタッフ一同感激しました。役所広司さんは「こんな立派な劇場をつくるなんて、大金持ちですね」と勘違いされていましたけど(笑)。

社員K

蔵本さんがこれから「挑戦」したいことはありますか?

蔵本

夢は、好きな役者さんを使って映画を撮ることですね(笑)。あと、まだまだ街中に新しい映画館をつくりたい。話題作だけじゃなくて、個性的なアート系の作品を上映する映画館が街の中心部にあったらおもしろいですよ。

Hint! file11 蔵本順子氏

2013.3 掲載

えんぎもん engimon11

「建前と本音があるんですけど、本音の方ですよね(笑)。邦画で一番好きなのは、マキノ雅弘監督、高倉健主演の『昭和残侠伝 死んで貰います』。任侠映画だけどラブストーリーもあり、男と男の友情もあり、最高です。洋画はハリソン・フォード主演の『ハノーバー・ストリート〜哀愁の街角』。これもたまらなく好きですね」。
最近見た映画で良かったのは第85回アカデミー賞作品賞に輝いた『アルゴ』だそうです。
「アカデミー賞発表の前に、広島でどこも上映してなくて、配給会社に直談判して上映させてもらったんです。作品賞を獲ってくれて最高に嬉しかった。その後はどんどん上映館が決まって、状況が変わりましたね(笑)」。縁起の良い映画ということで、映画デートの思い出もお聞きしましたが、「悪い思い出しかない…」だそうです。

HiNT! トップページへ戻る みづま工房トップページへ戻る